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仙台高等裁判所 昭和43年(う)196号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人および弁護人樋口文平名義の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

被告人の控訴趣意第一点(事実誤認)について。

所論は、要するに、原判示各事実をすべて否認し、特に原判示第二の事実につき、甲野花子に対し故意にトレンチを投げつけたのではなく、たまたま弄んでいたトレンチが過って同女に当ったに過ぎない旨、原判示第三の事実につき、乙野月子に用事があったので同女を訪問したところ、戸が閉っていたため同女に窓を明けてくれるように云ってこれを押すと明いたので、そこから居室内に入ったがその際月子は被告人の入室を拒まなかったから住居侵入罪は成立しない旨および原判示第六の事実につき、月子を納得させてその居室から原判示旅館まで連れ出したものであるから不法監禁罪は成立しない旨それぞれ主張する。しかし、原判示各事実に照応する原判決挙示の関係各証拠によれば、原判示各事実は優にこれを認めるに足り、さらに記録を精査しても、原判決には何ら事実誤認の疑いは存しない。論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意第二点および弁護人の控訴趣意(いずれも量刑不当)について。

所論に鑑み記録を精査するに、被告人は、昭和四二年七月一三日窃盗罪により懲役一年および一年六月、保護観察付執行猶予四年に処せられたもので、その間特に行動を慎み、いやしくも過誤なきを期すべき身であるにもかかわらず、何ら自戒反省することなく、右猶予の期間中またもや本件各犯行を敢えてするに至った事跡に鑑みると、被告人に改悛の情あるものとは到底認め難く、特に原判示第三ないし第六の各犯行は、被告人には内妻がありながら人妻である乙野月子と情を通じ、不倫な関係を継続していたことに原因するものであることを思えば、犯情決して軽ろからざるものがあり、犯行の動機、態様に照らし、その罪責は重いものといわなければならない。その他被告人の生い立ち、境遇、性行、年齢、少年時における非行歴等諸般の情状を検討考慮するときは、所論の事情一切を参酌しても、原判決が被告人に科するに懲役一年三月をもってしたのは相当であって、これを目して量刑重きに過ぎ不当であるということはできない。各論旨は理由がない。

次に、職権をもって調査するに、原審第二回公判調書によると、原審弁護人は、原判示第四の事実に対応する昭和四三年一月三一日付起訴状記載の公訟事実第二につき、先に乙野一郎が庖丁を手にしたので、被告人は危険を察知し、自己の生命、身体を防衛するため同人方の勝手場から庖丁を持ち出したのであって、右所為は正当防衛として処罰されるべきではない旨主張したことが認められるところ、これに対し原審がその判断を示さなかったことは原判文の記載に徴し明らかである。ところで、正当防衛の主張に対する判断の遺説は、刑事訴訟法第三三五条第二項に違反することはもちろんであるが、右判断の遺説は、同法第三七九条の訴訟手続の法令違反に該当し、したがって、右判断の遺説があっても常に必ず判決に影響を及ぼす訴訟手続の法令違反があるものということはできないのであり、証拠上正当防衛の事実が認められるか、もしくは右事実があるのではないかと疑われる場合であるのに、その判断を遺脱した違法があれば、その違法は、判決に影響を及ぼすものとして原判決を破棄すべきものである。本件についてこれをみるに、原審証人乙野月子、同乙野一郎の各供述記載によれば、被告人は、原判示日時原判示アパート二階の乙野一郎方居室に、かねて情交関係のあった同人の妻月子を訪れたが、同女から夜遅いから帰ってくれと入室を断わられたにもかかわらず、強引に同人方勝手場の窓を押し外して右居室に侵入し、勝手場から庖丁を持ち出して、折から眼を醒まし起き上った乙野一郎に対し、「お前を殺して女房を連れて行く」と云いざま同人に右庖丁を振りかぶったので、月子が背後からこれを取り上げたため事なきを得たが、その間一郎は何ら抵抗せず、もとより原審弁護人所論のように、被告人が庖丁を持ち出す前に兇器を手にして被告人に対し攻撃的気勢を示した事実のないことを認めるに十分であり、右所論に副う被告人の原審公判廷における供述記載および検察官に対する供述調書の記載は、前記各証拠に対比したやすく措信できない。そして、原判決も右と同趣旨の判断の下に被告人に対し原判示第四の脅迫の事実を認定したものと解せられ、原審弁護人の前記正当防衛の主張は結論において理由がないことに帰するから、原判決がこれに対し特に判断を示さなかった訴訟手続の法令違反は、前段説示の趣旨に鑑み、判決に影響を及ぼさないものと解すべく、したがって、右違法は原判決破棄の理由とはならない。

よって、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、刑法第二一条により当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の本刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢部孝 裁判官 佐藤幸太郎 阿部市郎右)

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